我が子を食べる鴛鴦(オシドリ)
巻二 七十八
義兄弟を殺したテムジンとハサルを叱る、母ホエルンの言葉より。
「元朝秘史三種」中文出版社
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小澤重雄訳「元朝秘史」岩波文庫
己が子を追いやらず、己が子を食する黄鴨(アンギル、きいがも)の如く
岩村忍著「元朝秘史」中公新書
その子どもを追ひかねて、その子どもを喫ふ鴛鴦の如く
村上正二訳注「モンゴル秘史1」東洋文庫
子を追いかねて、子を食むという野鳥(アンギル)のごと
Ш.Гаадамбa「Монголын нууц товчоо」
Нялх үрээ
生まれたばかりの自分の子を
Гилэн (хөөн) ядаж
?(追う) 力なく
Нядлан идэх
殺して食べる
Нүгэлт ангир мэт
罪深いオシドリのように(日本語訳:管理人)
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"我が子を食べる"など、あり得ないことで、根拠のない荒唐無稽な比喩で片づけていましたが、"己の影を襲う鳥"の例もあるので、ひとつずつ考えてみました。
まず、オシドリではなくカルガモは我が子を殺してしまうことがあります。子育て中のカルガモの母親は、近くで子育て中の別のカルガモや他の種類のカモの雛を殺すことがあるそうです。繁殖地内の雛の数が多いときにこの行動が起きるようで、ときに自分の子をも殺してしまうそうです。
カルガモの例では殺された雛は放置され、親鳥が食べることはありません。おそらく、雛をクチバシで攻撃するため、あたかも食べるように見えたのでしょう。
「子を追いやらず」というのは、雛を殺す親鳥の尋常ではない様子、パニックに陥った様子をそのように表現しているのだと思います。
【
昻吉児(アンギル)について】
「現代蒙英日辞典」(開明書院)でもангирの意味はオシドリです。しかし、「モンゴル秘史1」によると、アンギルを「黄色の野鴨の一種」としている辞書があるそうです。
「Kowalevski, J. E. Dictionaire Mongol-Russe-Franҫais. 3 Vols., Kazan, 1844」
モンゴルのガンカモ類を再調査したところ、
Sibagu Bird Names in Oriental Languages というサイトの
ガンカモ類のページのTadorini(ツクシガモ類)の部分に以下の記述がありました。
ツクシガモがАнхидал ангир(内蒙古ではalag aŋgir)
アカツクシガモが
Хондон ангир(内蒙古ではaŋgir)
外見に関しては、
昻吉児(アンギル)はアカツクシガモのようです。大きさはカルガモとほぼ同じです。ちなみに現在の中国ではアカツクシガモの正式名称は赤麻鸭ですが、
中国語版 wikipediaには別名、黄鴨とあります。
最後に子殺しの習性がアカツクシガモにもあるのかという疑問が残ります。Webで調査しましたが、アカツクシガモはもちろん、カルガモ以外のカモ類について、子殺しの事例は発見できませんでした。
Bird Research主催のガン・カモメーリングリスト(ガン・カモの観察者、研究者が多く参加し、管理人もメンバーです)に「カルガモ以外のカモにもヒナ殺しの習性はあるのでしょうか。」と、問合せのメールを送ってみましたが、回答は得られませんでした。
子殺しの確証は得られませんでしたので、
昻吉児(アンギル)の外観はアカツクシガモに近い、というう結論でひとまず調査を終了します。
【補足】
АнхидалとХондонの意味は分かりません。他に多くのことがわかりましたので、列挙します。
ツクシガモ類はからだが大きく、カモ類とガン類の中間ぐらいの大きさです。
アカツクシガモを知らないモンゴル人はいないとも言われ、лам шувуу(ラマ僧の鳥)とも呼ばれます。ラマ僧の着る袈裟の色とアカツクシガモの羽色が似ているためです。
オシドリをモンゴル国でХалзан ангирとも呼びます。Халзан は 禿げた という意味です。
アカツクシガモは夏季にインドに渡るものもいます。インドでアカツクシガモは夫婦仲の良い鳥と認識されているそうです。日本風に言うと、オシドリ夫婦ならぬアカツクシガモ夫婦です。
【参照サイト】
Монгол орны нугаснууд
【番外】
ノインウラ遺跡の壁画の鳥(準備中)