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ボドンチャルが見たタカの獲物は?

巻一 二十五
ボドンチャル(チンギスハンの遠い祖先)は鷹が獲物を捕らえ、食べる場面に遭遇します。

「元朝秘史三種」中文出版社
小澤重雄訳「元朝秘史」岩波文庫
  雌鷹が鳥鶏(カラクル、エゾヤマドリ)をとらえて食べているのを見て、

岩村忍著「元朝秘史」中公新書
  タカが野鶏を捕って食っているのを見て、

小林高四郎著「元史」明徳出版社
  適有蒼鷹搏野獣而食
  たまたま蒼鷹野獣を搏ちて食ふあり。

Ш.Гаадамбa「Монголын нууц товчоо」
  Тэгж байтал хур шувууг бор харцага барьж идэхийг үзэж,
  そうしている内に、褐色のタカがクロライチョウを捕まえて食べているのを見て、(日訳:管理人)

【考察】
まず、タカについて考えます。原文の合児赤孩は現代ハルハ・モンゴル語でхарцага(タカ)。
「Монголын нууц товчоо」はбор харцага(褐色のタカ)で、漢訳の黄鷹と意味が合致しています。元史では蒼鷹と蒼くなっています。
小澤先生の訳で、タカが雌鷹となっている点にも注目ですが、タカの体色・性別については別の機会に検討します。

本題の獲物の方です。原文は合刺忽魯で、漢訳は野鶏、小澤先生はカラクルで和名(エゾヤマドリ)も付け加えておられます。
「Монголын нууц товчоо」では獲物はхур шувууです。「現代蒙英日辞典」(開明書院)ではхурの意味はクロライチョウです。шувууは鳥です。

エゾヤマドリ(Tetrastes bonasia)はユーラシア大陸北部・サハリン・北海道に棲み、正式な和名はエゾライチョウです。雌雄ともに黒くありません。(北海道にはヤマドリが生息していないため、ヤマドリという呼び名がついたそうです。)
クロライチョウ(Tetraomuta tetrix)はやはりユーラシア北部に生息します。オスの体色は名前のとおり黒色です。日本には生息していません。

【推論】
合刺忽魯(カラクル)のカラはモンゴル語のхар(黒)、クルはхурと判断し、和訳はクロライチョウの方が適切だと思います。

【補足】
モンゴル語でライチョウを意味する言葉にはхурの他にсойрがあります。代表的なсойрとして、モンゴル国にeрдийн(эгэл сойр) сойр、ヨーロッパオオライチョウ(Tetrastes urogallus)とнургийн сойр、オオライチョウ(Tetrao urogalloides)がいます。eрдийн сойрは山岳地帯やタイガの森林内に棲む希少な種類です。нургийн сойрはハンガイ山脈、ヘンティ山脈、フブスグル湖地方に棲み、こちらも数は多くありません。一方、хурは数が多い上に、山岳地帯やタイガの森林の中には棲まず、その周辺に生息するため、人の目につく機会が多いそうです。хурとсойрの使い分けの基準はよく分かりません。